クリティカル・シンキングと思い込み

皆さんこんにちは。

塾長の江田です。

最近、某ひろゆき氏のご活躍のおかげで「クリティカル・シンキング」という言葉が有名になり始めましたね。でも、クリティカル・シンキングって「批判的思考」って訳すとこれじゃない感がありませんか?

それはともかく、少々古い本でゼックミスタの「クリティカルシンキング入門」を読み終えたところです。

クリティカルシンキングは最近の注目されている技術で、授業の一環として教えている学校もあるそうです。

クリティカルシンキング入門の中で最初に紹介されているのが、「根本的帰属のエラー」についてです。

根本的帰属のエラーとは、人に普通から外れた行動があると、その人の性格や個性や気質など、内面の問題に帰着させようとする傾向のことですね。

「エラー」と言っているので、これは間違いであることが往々にしてある。ということです。

根本的帰属のエラーの例

例えば、遅刻が多い生徒がいるとすると、その原因を生徒のだらしなさや自律性のなさなどの性格や気質、態度の問題だと断定しがちです。

しかし、原因がその生徒の外的要因にあったらどうでしょうか。

その生徒が毎朝兄弟の面倒を全部見ていたり、家の仕事や手伝いを夜遅くまで手伝っている場合など、特殊な事情があったとしても、その生徒が教員や学友に言わなければ、誰もその生徒の本質を理解できていないまま、表面上の事実だけで「怠惰な性格である」とか、「やる気が無い、ナメている」と評価されてしまいます。

そこまで極端な事情は無かったとしても、全ての人間はそもそもそこまで自由な意志で行動していないことは留意しておくべき事実でしょう。

前野隆司教授が唱えるような受動意識仮説のように、我々は全て自由な意志に基づいて行動しているとは言い難く、少なからず環境の要因を受けていることは間違いありません。
犯罪心理学のいう割れ窓理論もその一つでしょう。
(※窓割れ理論=建物の窓が一つ割れていると、人は他の窓を割っても大きな問題にならない気がしてしまう心理になり、やがて建物の全ての窓が割られるということ。汚い公衆トイレや、ゴミが沢山落ちている公園がどんどん汚くなるのと同じ現象。)

なので、何か問題がある行動をする生徒の内面の問題”だけ”を原因として捉えるのではなく、生徒の外的な要素、つまり環境などに問題があるのでは?と考えると、解決のための選択肢が広がるのです。

 例えばよくあるのが、「勉強をしないといけないのに中々手をつけられない。」というような相談です。

多くの人は自身の(もしくは御子息の)だらしない性格、不真面目さに原因を求めようとします。

そういう性格のせいで行動につながらない場合もあるのですが、性格の問題は解決が難しいのです。

ですが、外的要因が何かに目を向けると、勉強をしないのはスマホで動画ばかり見ているせいなので、そもそもスマホを視界に入れないよう工夫してみたらどうだろうかとか、誰か一緒に勉強してくれる友達を探そうとか、塾の自習室や学校の図書館に通おうとか、様々な選択肢があることに気がつきます。

それですぐに解決するかは経過観察をしないと断言はできないのですが、性格をがらっと変えてしまおうと大変な努力をするよりも希望が見えます。

「思い込み」の排除

クリティカル・シンキングは、常に自分が思い付いた答えが本当に正しい答えなのか疑ってみる態度が肝要です。

上記の例のように、一つの問題を解決しようとする時、人の持つ「思い込み」が真に必要な答えを曇らせ、間違った判断や遠回りの方法を選択してしまうということを、私たち人間はしばしば行ってしまいます。

クリティカル・シンキングとは、簡単に言えば思い込みを排除した状態で物事の本質を捉えて、冷静に問題に向き合う試みの事です。

他の研究者によると、人間にはどんな思い違い、思い込みがあるのかのカタログだけでも知識として持っていると、バイアスに囚われない自由な思考がしやすくなるとも言いますので、今後、少しずつどんな思い込みがあるものなのか紹介しようと考えています。

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